unluck


昨年の12月に、富士川へ新幹線の写真を撮りに行ってきた。

写真の話ではない。
ツイてない情けないオッサンの話だ。

早朝に出発しようと意気込んで、目覚まし時計のアラームを朝5時に設定した。

翌朝、アラームで目を覚ますと6時であった。
アラームで起きたのに6時。
つまり、アラームを6時に定めていたようだ。

ハァ、やる気をなくした。

しかし、折角起きたのだからと向かうことにした。
東海道線の富士川駅へ向かうために、小田急線のロマンスカーを利用し、
まずは小田原へ向かった。

列車が伊勢原あたりに差し掛かる。座席の右手から、丹沢の山々が聳えている。
この日は天気が良く、順光をたっぷり浴びた雪化粧の丹沢が、澄んだ青空を背に眩しく映っていた。

丹沢とは反対側から差しこんくる眩しい光に、僕は顔を歪めた。
左列席に座る乗客が、一斉にカーテンを閉じはじめた。
左手に目を向けると、右手の丹沢山系とは対象的に、
逆光に照らされた、延々と広がる茶色く乾いた田畑が冬を印象付けた。

さて、富士川駅であるが、アクセスは良くない。
新幹線を利用すると、最寄りの新富士で下車し、在来線の富士駅へ乗り換える。
ただし、新富士駅と富士駅は2kmも離れていて、すすんで移動する気にはなれない。
新富士の一つ手前は三島だが、小田原から三島まで、たった10分程度の新幹線も馬鹿らしい。
小田原からは在来線で行くことにした。小田原から熱海行きの在来線に乗車し、
熱海からは沼津行きに乗り換え、さらに、沼津からは浜松行きの列車に乗り換える。
富士川駅に到着してからは、富士川の河原まで15分ほど歩く。

初めて行く場所に僕は迷った。川沿いには来たが、河原へ出ることができない。
何人かが、新幹線の橋脚にへばりつくようにカメラを構えていた。
その場所に興味のない僕は、河原へ出るための道を探した。
河原に広がる草叢に、人が歩いて踏み残したであろう、わずかな草道を見つけ、
草道を抜けると広い河原に出ることができた。
富士山の位置や、新幹線の橋梁と川の流れを確認しながら、富士山や橋から離れるように河原を歩き続けた。
河原いっぱいに所狭しと転がっている、大小様々な石ころがとても歩きにくい。
12月の割には気温も高く、重い荷物に汗をかき、疲労し、既に帰りたい気持ちになっていた。

歩き続けていると、カメラを構えている品の良さそうな年配の男性が遠くに見えた。
その男性がいる場所が良い位置に違いないと直感した。
男性は片付けを始めたようで入れ違いだった。
すれ違い際に挨拶がてら、老紳士は、水の流れの早い場所がいいですよと、
親切にも教えて下さった。ありがたいことだ。

やっとのことで着いたが、時間は既に午前10時をまわっていた。
休んでいる暇はない。富士川にいる時間は限られている。
夕方には、日野市から見える富士山(ダイヤモンド富士)を撮りに行く予定のため、
昼過ぎには富士川を出発しなければならなかった。
片付けやこの河原を歩くことを考えれば、撮影に使うことのできる時間は1時間半ほどしかなかった。また、新幹線の本数も少なくはないが限られている。
せっせと準備をし、三脚に載せたカメラを構え、ファインダーを覗いて撮りたい図を探す。

違う、違う違う、ここじゃない、ここでもない。

あちこち動き回っていると、どうやらベストな位置は川の中のようだった。
僕は準備を怠った。長靴を持ってこなかった。
仕方ない、ここは気合だと靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ捨て、服を膝までたくし上げ、
川に足を踏み入れた。

12月の川の水は、凍えるほど冷たかった。(当たり前)

遮二無二に写真を撮っていると、膝まで浸かっていた足は段々と感覚がなくなってきた。
これはマズいと、河原に戻って足を乾かし陽に当て温めようとした。
慌てて体を捻ったのが良くなかった。足元の苔に滑り、体のバランスを崩した。
僕は転ぶと思い、何とか全身ズブ濡れだけは避けようと、河原へ体を投げ出すように飛び込んだ。

結局、僕は転んだ。

四つん這いの格好をしていた。前髪や服の両袖はびしょ濡れだった。
石ころに飛び込んだから、手も足も痛かった。

泣きたかった。
悪態をついて舌打ちをした。

妙な体勢の50手前のオジサンが、河原で一人、びしょ濡れで蹲っている。

新幹線が物凄いスピードで駆け抜けていく。

完全にヤル気を失った僕は、富士川を離れることにした。
どっと疲れ、腰を下ろし、タバコをふかしながらしばらく服を乾かした。
苦労して撮った割には、どれもこれも納得がいくものではなかった。
しかし、僕には撮りなおす気力も意欲も湧いてこなかった。

長袖のシャツとズボンは乾いたが、スウェットの袖は乾きそうになかった。
幸いにも、着用していたブルゾンと、その下に着込んでいたパーカーは脱いでいた。
何より、機材が無事だったのは助かった。

逃げるようにして富士川を発った僕は、日野市高幡不動へ向かった。
富士山の頂上に、夕陽が重なる瞬間を捕らえるためだ。

それなりの時間とエネルギーを費やした割には、大したものは撮れなかった。
帰宅しようと多摩モノレールに乗り、今日は一体何をしていたんだろう、ツイていなかったと座りボンヤリと考えていたが、車内から窓の向こうに広がり始めた、
陽が落ちオレンジ色を僅かに残した空と、青とも緑ともいえない色をした多摩の美しい風景が、疲れた僕の心と身体を優しく迎えてくれた。


      ダイヤモンドじゃねえ〜(プリンセス プリンセス ダイヤモンド風)