わたらせ渓谷鉄道

昨年の秋、チャンユミとわたらせ渓谷鉄道を撮りに行ってきた。
わたらせ渓谷ってどこにあるん!

わたらせ渓谷という公式な名称はなく、桐生から皇海山まで伸びる渡良瀬川上流の、群馬から栃木を跨ぐ渓谷一帯を総称しているのかもしれない。

出発の前夜にボンヤリとわたらせ渓谷鉄道の写真でも撮るかと考えていたら、寝るのも勿体なく感じてきて、そのまま夜中に車で家を飛び出した。
周辺の土地について調べた。渓谷の奥には中禅寺湖があり、また足尾銅山跡一帯が広がっていた。
足尾銅山とやらは何だか聞いたことがあるなと少し調べてみると、明治に起きた足尾銅山鉱毒事件のあった場所であった。法的に解決?したのは1974年となると実に100年近く争っていたこととなり、現在は精錬所は稼働していないもののまだ一体は廃墟として残っているらしく、何やらドンヨリとした土地のイメージを抱いてしまった。

精錬所の大煙突がまだ現存していることと、早朝の渓谷ならガスでも出ているかもしれない。
良い写真が撮れるかもしれない。まずは足尾に向かった。

足尾へは首都高から東北道に入り、東北道から日光宇都宮道路を使った。
当然夜中の高速道路はガラガラだった。日光道の終点で降り一般道を走り南下した。
街頭も乏しく、民家も少なく勿論交通量も無くとにかく心細かった。
足尾の少し手前で煌々と光るコンビニを見つけた。
カップラーメンなどを買い車の中で小腹を満たした。
コンビニにはオッサンが一人立ち読みをしていた。
僕は車の中からそのオッサンをこっそり観察した。
見かけは坊主頭で丸顔、大柄、ランニングに短パン、そのナリはもはや山下清にしか見えない。10月も終わりのこのクソ寒い時期にその薄着、明らかに怪しかった。
挙動も怪しかった。立ち読みをしているかと思えば急にキョロキョロとしたり、雑誌を手に取って読むのかと思えばすぐ棚に戻したり、そもそもこの夜中になんでこんなド田舎のコンビニであんな薄着で立ち読みなんてしているのだろうとラーメンを啜りながら考えたら、足尾の暗い歴史と深夜の静かな暗い山中の状況を考えたら意味もなく恐ろしくなってきて、急いで食べ終えて早々と車を走らせた。

車を走らせて15分もすると足尾の中心部についた、精錬所を俯瞰する場所はどこだろうと車を一旦北へ走らせた。車のライトの光が道脇の立ち並ぶ古い民家を照らす。人が住んでいるのだろうが、静かで暗い佇まいや雰囲気が人気を全く消していた。窓を開けると薄っすら聞こえる川の流れの音がまたジワリと恐怖を与えた。

10分ほど車を走らせると、何やら公園だか展望台だかの駐車場を見つけた。
僕らはこの駐車場で寝て朝を迎えることにした。駐車場の脇に公園の事務所なのか何かわからないプレハブ小屋が建っており、無数のペットボトルが捨ててあった。
駐車場にはこれまた何故か黒い軽ワゴンが一台駐めてあったが、どちらも見ないようにシートを深く倒した。考えるとあらぬ恐怖がこみ上げてくるのである。
当然ながら車にロックを掛けてベレッタにBB弾を装填し、銃を握りしめたまま僕は横になった。

1時間ほどした頃だろうか、奇怪な啼き声に目を覚ました。
その鳴き声は鳥なのか獣なのか果たして人外のものか何かはわからない。
「キーッ」だったか「ギーッギーッ」だったか、何とも言えないようなその啼声は、奇っ怪、奇怪、面妖、異常、怪異、奇異、とにかく夜中に突如静寂を切り裂くような不気味な啼声に心底震え上がった。
頭まで被った毛布の中でそっとiPhoneを開きその鳴き声の主を調べることにした。現実としてこの世で起きている現象ならば納得(安心)できるのである。
しかしわからなかった。フクロウか鵺かサギなのか、youtubeで聴いていると結局それはそれで怖くなって諦めて無理やり寝ることにした。

6時くらいだろうか目が覚めると辺りは明るくなっていた。
窓を開けるとかなり寒かった。僕らはもうその場にいたくなくなって車を動かした。
車を1分も走らせるとすぐ近くに銅親水公園という施設があった。
小さなダムを持ったその公園には大きな橋が架けられてあり、その橋から大煙突を捉えることができた。公園には大きな駐車場があり、こちらの公園の駐車場で夜を明かせば良かったと無駄な恐怖を味わったことを後悔した。

大煙突を撮った後、わたらせ鉄道の撮影場所へ移動した。
予め調べておいた場所は中々分かりづらかった。
明るくなって見える足尾の街並みは長屋や空き家、荒れた空地が目立ち、昭和に取り残されているようだった。これらも全国で見てきた栄枯盛衰を経た産業都市としての街並みの名残かもしれない。